2019年03月22日

私と言う意識

私と言う意識を相手に向けてはいけないと思っています。

私と言う意識を相手に向けると、相手は私の存在をしっかり認識し、すぐさま迎撃体勢に入ります。私は完全に相手にロックオンされた状態です。

そうなるとこちらがすばやい攻撃、またはフェイントをかけた攻撃をしても、相手は防御、攻撃とすばやく反応します。

また私と言う意識を自分にも向けてはいけません。

私と言う意識を自分に向けると、作為が生まれ、居つきが生じ、停滞状態となり、相手にこちらの動きを読まれてしまいます。

そうなるとこちらの攻撃は当たらず、相手の攻撃をよけることは出来ません。

だから私と言う意識を消さなければなりません。

私と言う意識は自分にも相手にも向かず、自分と相手との空間に広がり、拡散しています・・・また私と言う意識が限りなく薄くなり、私と相手を包み込んでもいます・・・

その状態になれば、自分でも私がいつ動いたか分からず、どう動いたのかも分かりません。また相手も私がいつ動いたのかも、どう動いたのかも分かりません・・・相手に何もさせず、相手を制する境地・・・

そんな境地があれば、私はその境地を目指したいと思っています。

いつもにも増して妄想200パーセントの内容になってしまいましたが、そんなことを夢見ながら続ける稽古もまた楽しいものなのです。

今日はお休み。ゆりかと焼肉食べ放題です。食べるぞー!おー!




posted by ロン at 10:46| 日記

2019年03月21日

腿法

空体道の蹴りはあまり種類はありません。相手の腹部、金的を蹴り上げるように蹴る、太腿、膝を上から踏み折るように蹴る、これだけです。

基本、腰から上は蹴りません。蹴りの熟練者はまったく別ですが、護身術として考えると、蹴りに熟練していない人の上段への蹴りはバランスを崩しやすいと言うリスクが伴うと思っているからです。

と尤もらしいことを書きましたが、私が腰より上に足が上がらないのが本当の理由です(特撮ヒーローショーのアルバイト時代はびゅんびゅん蹴りが上がったのですが・・・情けない・・・笑)

このように空体道の蹴りは単純なものしかありませんが、蹴りではなく腿法なら意外と豊富かもしれません。

腿法は脚の変化です。相手を足を踏んで自由を奪う。相手の足を払って転倒させる。相手の足にこちらの足を絡めて投げる。相手の脛や膝裏にこちらの脚を接触して崩す等々・・・

そしてこのような腿法と先ほどの蹴りを組み合わせると、無数の変化が生まれます。

ただこのような変化が出来るようになるには、空体道ではやはり力を抜かなければなりません。軸足も、変化する蹴り足も力がぬけていること。

会員さんは、蹴りや腿法を身につけるためには、まず基本の足振りを繰り返すことです。脚の重さが本当に実感出来ない限り、空体道の足技を身につけるのは難しいのです。一にも二にも足振りですよ。会員さん。
posted by ロン at 10:56| 日記

2019年03月20日

慣性の法則

慣性の法則。物理が苦手な私ですのでよく分かりませんが、動き出した物体は他に力が働かない限り、等速運動を続けることらしいです。

空体道に慣性の法則を当てはめるなら、動き出した(身体の)重さはずっと動き続けようとします。打撃、崩し、投げ、技の全てに慣性の法則は働きます。

その重さの動きを止めてしまうのは、相手の抵抗力と言うより、会員さんの思い込みだと私は思っています。

こんな力を抜いた打撃が効くわけがない。力を抜いて相手を崩せるわけが、投げれるわけがない。だからもっと力を入れないと・・・

その力を入れないと、と言う思い込みが身体を緊張させ、重さの動きを止めてしまうのです。

思い込みを捨て、重さに、重力に、慣性の法則に任せてみてはいかがでしょうか。

全身の力を抜き、あとはただ重さに任せて動き出せばよいのです。そしてその動きを緊張によって止めなければ、会員さんがびっくりするぐらいの結果が待っているのです。

先日テレビで放映された傑作映画「カメラを止めるな」ではありませんが、「動きを止めるな」なのです。

映画の監督のセリフをもじって「動きは止めない。技は続ける!」ですよ。会員さん。
posted by ロン at 10:24| 日記

2019年03月19日

残るもの

今年で還暦。当たり前ですが、武術も日常も若い時のように動くことは出来ません。

60歳手前でこうですから、この先5年、10年、20年と歳を重ねていけば、動きはさらに衰え、おっくうになっていくのかもしれません。

歳とともに、身体すべてのものが衰え、劣化していきます。生き物ですから、当たり前と言ったら当たり前の成り行きです・・・でも何か身体に衰えないもの、劣化しないものはないのでしょうか・・・

私は一つだけあると思っています・・・それは重さ(そして意識も。意識については今回は触れません)。重さは増減こそありますが、衰えもせず、劣化もせず、生涯残り続けます。

だから私は重さに特化した武術に賭けようと思いました。重さに特化し、自分が重力と調和することによって、加齢とは逆に進歩し続ける武術の道・・・重さで立ち、重さで動き、重さで闘う・・・

そんな思いと、自分が身につけた武術、武道を一つにまとめてみたい、と言う欲求から空体道は生まれました。

空体道を世に問うには、還暦では早過ぎると思います。70歳、80歳になって私が素晴らしい技を示すことが出来たなら、その時初めて空体道の有効性が実証されるのでは、と考えています。

妄想全開の希望的観測なのですが、そんな妄想を夢見ながら続ける武術の道もまた楽しからずや・・・「ドラゴンへの道」は無理なので「高性能じいちゃんへの道」をひた走りたい私です(笑)
posted by ロン at 10:08| 日記

2019年03月18日

姿勢

姿勢(立ち姿)。空体道は力を抜くことに特化した武術ですが、姿勢はやはり大切な要点となります。

空体道の立ち方の基本は三つです。平行立ち、前屈立ち、後屈立ち。

平行立ち、前屈立ち、後屈立ちの姿勢で、重さが頭から足裏まで落ちることが出来るようになれば、どんな動きをしても重さは頭から足裏まで落ち、まっすぐの意識の線もぶれることはなくなると私は思っています。

基本の操身法の上下法、前後法、左右法で、定歩での平行立ち、前屈立ち、後屈立ちの姿勢を学び、型の空法で、活歩での平行立ち、前屈立ち、後屈立ちの姿勢の変化を学びます。

この姿勢が整わなければ、身体の統一は難しく、重さの活用も不十分になります。また姿勢が整えば、押されてもびくともせず、逆に押した相手を弾き飛ばすことも可能になると私は考えています。

会員さんは今一度、平行立ち、前屈立ち、後屈立ちの重要性を認識して、操身法、空法に取り組んでくれたら嬉しいです。

ただ姿勢は身体を固めて安定させることはせず、力を抜いて重さで安定させて下さいね。冒頭に書きましたが、空体道は力を抜くことに特化した武術です。そこはくれぐれも忘れないように!
posted by ロン at 19:08| 日記