2020年05月30日

小から大、大から小

例えば空体道の対練で、相手の突きを払って、相手を崩す稽古をしたとします。

初心者の会員さんは突きを払おうとする自分の手(腕)に意識が集中してしまい、棒立ちで手だけの動きになってしまいます。手だけの小さな動き・・・これでは身体の重さが伝わらず、何度やっても相手を崩すことが出来ません。

そして稽古を続けていくうちに、こんどは手(腕)以外の部位を使って手を動かす感覚が身についてきます。例えば背中を使って手を動かすとか、腰を使って手を動かすとか・・・こうなると手だけではなく他の部位も連動して動くようになり、その動きは大きくかつスムーズになり、相手を崩せるようになります。

そしてさらに稽古を続け、全身の力が抜けてくると、身体は統一化されてきます。そうなると手以外を使って手を動かす感覚もなくなり、ただ棒立ちになって手だけ動かすようになります。見た目は初心者と同じです。しかし初心者とは内面の質がまるで違うのです。ただ棒立ちで手を振るだけで、全身の重さが伝わり、相手は崩れあるいは吹っ飛びます。

動きは、小(初心者)から大(中級者)へ、そして大(中級者)から小(上級者)へ・・・・

空体道で目指すは必要最低限の動きで相手を制する境地なのです。





posted by ロン at 11:43| 日記

2020年05月28日

老いを受け入れる

還暦になってますます身体の外面の衰えを感じています。

身体の外面とは、筋力、柔軟性、瞬発力、耐久力、回復力等々・・・

若い時は身体能力が割りと高いほうだったので、よけい老いによる衰えを感じるのかもしれません。

歳は取りたくないものです・・・(笑)

ただ外面の衰えとは異なり、身体内面は若いときより充実してきているように感じています。

私の言う身体内面の充実とは、脱力による身体感覚の向上です。

全身の一体感、全身の連動感、全身の膨張感、全身の硬質感・・・

この内面感覚の充実が外面の衰えをカバーしてくれています。否、カバーではなく、武術に関しては若い時より遥かに向上している可能性すら感じています。

外面の衰えを感じつつ、内面の充実も感じる。老いてさらに向上するこの感覚によって、老いを老いとして素直に受け入れられるようになりました。

武術に本当に感謝です。
posted by ロン at 13:29| 日記

2020年05月25日

円転太極拳

円転54式太極拳は私が創った太極拳です。

楊式85式太極拳と楊式70式長拳を主として、形意拳、八卦掌の要素を加えた太極拳です。

現在の練精会はこれも私が創始した空体道中心と稽古となっています。円転太極拳は教えていません。

でもやはり自分が創った太極拳には深い愛着があります。

なので空体道週3回の稽古のうち、1回は円転太極拳を教える日にしようかと考えています。

空体道を学ぶことによってより太極拳を理解出来、太極拳を学ぶことによってより空体道が理解出来る。こんな理想的な循環稽古になったら、と思っています。

とは言え今のところ稽古自体の再開はまだ分からない状況です。

なので会員の皆さんはこれまでのように一人稽古を続けて、いつの日かの稽古再開に備えて下さい。

前にアップした動画ですが、一人稽古の参考にして下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=_dWldYJjpfg


posted by ロン at 12:10| 日記

2020年05月24日

小さくゆっくり

時間があるので自分の組み手動画をよく見ています。

昔の組み手と最近の組み手を見比べると、自分の動きが歳と共に小さくゆっくりになっているのを感じます。

より小さく、よりゆっくりへ・・・

これは筋力の衰え、瞬発力の衰え、反射神経の衰え等、加齢による影響でそう成らざる得ない部分があることは事実なのですが、それ以上に大きな要因があると思っています。

あくまで私の希望的観測的に過ぎないかも知れませんが、小さな、ゆっくりした動きの組み手になったのは、衰えが主原因ではなく、それで相手を制することが可能になったからだと思っています。

より小さい動き、よりゆっくりした動きで相手を制する境地・・・

まだまだ未熟ですが、ほんの少しだけですがその境地が分かるような気がするのです。

何度も書いていることですが、練精会ではその境地に近づく方法を、脱力により重力と調和した身体、統一体によって求めています。

だから会員の皆さんは、これまでのそしてこれからの自主稽古においては、今まで通りただひたすらに全身の脱力に取り組んでほしいと思っています。頑張って下さい。
posted by ロン at 17:38| 日記

2020年05月20日

感情に引っ張られない

空体道では(例えば投げ技を例にして)組み手は無論、対練でも技が効かなければ投げられる必要はありませんし、しっかり抵抗して良いことになっています。

なので自分より大きい人や、筋力に勝る人を投げるのは中々難しいことです。

相手を投げられない時、会員さんはもしかしたらこんな感情を浮かべることが時があるかも知れません。

「あっ、抵抗された。もう技はかかるわけが無い・・・」「おいおい、そこまで抵抗しなくても・・・」「自分より身体が大きいんだから無理無理・・・」

このように感情と自分を同一視してしまうと、技はまずかかりません。感情に引っ張られて自然な動きが出来なくなってしまうからです(脱力体ではなく緊張体になってしまう)。

だから自分の感情に引っ張られて、感情に身体を支配されてはいけないのです。自分と感情を区別して下さい。

浮かんだ感情を静かに傍観する自分の存在に気づくことです。

「ああ、今こんな感情が浮かんでいるなぁ」と第三者的意識でその感情を見つめていれば良いのです。

ネガティブな感情と自分を同化せず、技がかかろうが、かかるまいが、第三者的意識で感情に支配されず、自然な自分の動きが出来た時、抵抗されても、相手の体格が勝っていても、それなりに技がかかるようになっていきます。

感情のその奥に本当の自分が存在することを知った時、身体の可能性が目覚めるのだと私は思っています。
posted by ロン at 16:25| 日記