2020年01月14日

力をぬくコツ

たまに会員さんから、力をぬくコツがあったら教えて下さい、と言われることがあります。

そんな時はこう答えています。

「力をぬくコツはありません。ただ稽古を続けることによって、少しずつ、少しずつ力は抜けてきます」

ただこれでは不親切かとも思いますので、少しアドバイスを書きますね。

基本、型においては、なんか動き足りない、物足りない、と思える範囲で動くこと。

対練おいては、こんなに軽く、やさしく動いたら、技がかかるはずがない、と思える範囲で技をかけようとすること。

組み手においては、やろうとするより、やられようと思う。

こんな気持ちで、基本、型、対練、組み手をおこなえば、少しは早く力が抜けてくると思います。また逆に、

基本、型で、目いっぱい動こう、勢いよく動こう。

対練で、何としても技をかけてやろう。

組み手で、やってやろう、やられてくない。

こんな気持ちで、基本、型、対練、組み手をおこなえば、いつまでたっても力は抜けてこないでしょう。

会員さんはどちらの気持ちで稽古しているでしょうか?
posted by ロン at 17:44| 日記

2020年01月13日

腕、肩以外

空体道の基本である操身法のなかに突きの練習があります。

定歩でおこなう突きの練習で、形は空手道の正拳中段突きによく似ています。

空体道は脱力の武術ですから、突き練習も当然脱力体でおこないます。

この時、腕、肩の力を抜いて突こうと意識する会員さんは多いと思いますが、それでは中々力を抜くことは難しいと思っています。

腕、肩の力を抜かなければと、腕、肩に意識を集中してしまうと、思いとは逆に腕、肩が緊張してしまうことがあるのです。

そこでアドバイスですが、腕、肩ではなく、腕、肩以外の力を抜いて突こうと意識してみて下さい。逆説的なやり方です。

腕、肩以外を緩めてと言う気持ちを持てば、腕、肩に余分な意識が集まらないので、結果として腕、肩の力が抜けて、突きを放つことが出来るのです。

もちろんこの方法は方便として考えて下さい。ある程度この方法で、腕、肩の緊張が薄れたら、何も作為的な気持ちを持たず、ただ自然に(全身を脱力して)突きを放つようにして下さい。方便は一時的に効果はありますが、それにこだわりすぎると、あまりよいことはないのです。
posted by ロン at 12:13| 日記

2020年01月12日

結果

あくまでも空体道の考えなのですが、技は動きの過程、変化の過程が、何となく結果として技になれば良いなと思っています。

なので基本的に技の名前はありません。全て空体道の十二の型、空法の変化、応用として技を捉えているからなのです。

会員さんは毎回、毎回、違う技を名称も無く教えられるので、もしかしたら混乱する方もいらっしゃるかもしれませんが、空体道は動きの過程、変化の過程が技なのだとして理解して下さい。

なので良くも悪くも空体道の稽古では、技にあまり囚われ過ぎないように、あくまで動き、変化の結果として対練や組み手に望んでもらえれば嬉しいです。

そしていつの日か(私も全然まだまだですが)組み手で相手崩したり投げたりした後、あれ、私は今何か技をやったのだろうか?分からない・・・と思えるような技ではない技を使えるようになったら最高ですね。
posted by ロン at 18:49| 日記

筋肉と重さ

今回は筋肉と重さの関係について説明します。

空体道は脱力に特化した武術ですが、筋肉の働きを否定していません。当たり前ですが、筋肉の働きなしに人は動くことは出来ません。

その筋肉と重さの関係ですが、一言で言うと空体道では重さが主、筋肉は従の関係と言えると思います。筋肉は重さを働きを阻害しない範囲で可動させること。威力は重さ。そしてその重さの方向性は筋肉。前にも書いたように思いますが、車に例えるなら、エンジン(パワー)は重さ、ハンドル(方向性)は筋肉です。

そして重さと筋肉の働きが本当に融合し、重さも筋肉も何も感じなくなった時、身体は重力そのものと化したと言えるのではないでしょうか。

会員さんはこんな風に筋肉と重さの関係を理解してください。

で、どうすれば上記のような筋肉と重さの関係になれるかというと、いつも言っている事の繰り返しになりますが、ただひたすら力を抜くことだけを意識して、基本、型、対練、組み手に取り組むことです。それ以外はありません。

その過程を苦痛、退屈と感じるか、楽しさ、幸せと感じるかで空体道と縁があるか否かの分かれ道になるように思います。

会員さん、2020も脱力、脱力、脱力でいきましょう!
posted by ロン at 11:53| 日記

2019年12月27日

動きたい方向

対練や組み手の時、「あ、身体がこの方向に動きたがっている」と感じる時があります。

そしてその方向に身体を動かしてやると、いつもより楽に、そしていつもより強力に技がかかるのです。妄想的かもしれませんが、その身体が動きたかっている方向とは、身体の声なのだと私は思っています。

身体が動きたいように任せて動くことによって、身体の可能性が発揮されるのではないでしょうか。

その身体の声を聞こえなくするのは「私」と言う自我です。「私」が身体の全てをコントロールするんだと言う自我が消えないうちは、身体の声は聞こえてきません。

だから会員さんは、難しいことではありますが、「私」と言う自我を薄めて、身体の声に耳を傾けてください。

そのほうがきっとうまくいくと思います。
posted by ロン at 14:56| 日記