2017年11月19日

細胞が・・・

本日の空体道教室は大雪のためか、私を含め4人での練習。

少数でもあり、濃密な練習になったと思います。

そんな練習の中で、私の身体感覚をこんな言葉で説明しました。未熟であり、そして妄想気味な説明ですが、他の教室の会員参加の参考になるかもしれないので、ブログやフェイスブックにも書きますね。

例えば相手が私の腕に(身体のどの部位でも一緒ですが)押したり、下げたりと圧力をかけてきたとします。そんな時、その圧力が私の全身に伝わり、(ここからとても妄想的になりますが)、私の全身の細胞が何というかざわざわ振動するような感覚になります。

そして私がその圧力に対し、腕を動かす時、ざわざわ振動している全身の細胞すべてが同時に動き出し、私のすべて(姿勢の力、筋肉の力、重さの力)が相手に伝わる感じなのです。

その結果、相手は崩れたり、投げとはされたり、ふっ飛ばされたりします。

そしてここが大切なのですが、そうやって相手が崩れる、投げられる、ふっ飛ぶと言った結果が楽しいのではなく、私のすべてが(妄想全開です)細胞レベルで動く感覚が本当に楽しく、気持ちがよいのです。

いつにも増して曖昧模糊とした内容なのですが、皆さんに技と言うか、力と言うか、重さを伝えている時の最近の私の感覚です。

だから凄いわけでも、強いわけでもありませんが、会員の皆さんもいつか同じような感覚を感じてくれればと思っています。その感覚、独りよがりかもしれませんが本当に素晴らしいものです。
posted by ロン at 18:06| 日記

2017年11月18日

組手指導動画

昨日の空体道教室での組手指導動画です。頭部、胴体、手足のバランスが整わないと全身の重さを伝えることは難しいのです。動画の最後でそんなことを説明しています。

https://www.facebook.com/ken.kawamura.376/videos/577516172579971/?l=7429100318079430099
posted by ロン at 11:05| 日記

2017年11月17日

手を触れてみると・・・

今回も妄想全開の内容です。

中国武術の塔手のようにお互いの手首を触れた状態で、相手に自分の何を感じさせるのかが大切だと思っています。

第一段階 相手は私の腕を感じる

第二段階 相手は私の全身を感じる

第三段階 相手は私ではなく大木と触れあっているように感じる

第四段階 相手は私ではなく巨大な山と対峙しているように感じる

第五段階 相手は私とたしかに触れているのに、触れている感覚がない。私がそこにいるのにいないと感じる

第六段階 相手は得体の知れない空間、虚無の穴、ブラックホールのようなものに包まれているように感じる

身体の力の抜け度合が高まるにつれて、こんな風に相手は感じるかもしれません。あくまで妄想的な私の感想なのですが・・・

で、今の私の状態は、希望的観測を交えて言えば第二段階と第三段階の間くらいでしょうか。まだまだ未熟です・・・

posted by ロン at 08:40| 日記

2017年11月16日

家庭内組み手過激版

いつものように妻のゆりかと家庭内組み手を毎日居間でくりひろげています。

その家庭内組み手ですが、近頃過激さが増しているようです。

ゆりか、重さも変化も増しているのに、私には攻撃が当たらないと信じているのか、素手で遠慮なく顔面を狙ってきます。それが避けられたら、頭突き、肘打ち、体当たりと変化してきます。そのすべてに遠慮がまったくありません。教室での組手態度とまるで違う過激さです。当たったら・・・やばいです・・・(笑)

でもそれがゆりかだけではなく私の勉強にもなっているのです。遠慮なく自由に攻撃してくる相手を触れるだけで制する勉強です。

今のところ、元気にあばれるゆりかを触れるだけで制することは出来ません。またゆりかも私には攻撃が通用しません。

そうやって夫婦で高められる関係も楽しいものです。
posted by ロン at 16:54| 日記

2017年11月15日

統一体

これまで何度か 統一体 という言葉を使ってきました。

未だ未熟な身で、統一体にはほど遠い身ではありますが、懲りずにまた統一体について思うことろを書いてみたいと思います。

統一体の身体になることによって、全身の筋肉は理想的に働き、頭頂から足裏、手先から足先まで完全に連動、協調することが可能になります。

統一体の身体になることによって、重力と調和し、全身の全ての重さを使えることが可能になります。

私(練精会)が統一体に一歩でも近づく方法として考えているのが、

身体の力を抜き切り、重力に身をゆだねること(身体の中に重力を通すこと)

意識を全身に行き渡らせ、さらに身体の外側まで意識を拡大させること(球体の意識になること)

この二つが主となっています。

未熟なれど、そして亀の歩みなれど、少しずつ、本当に少しずつですが、統一体にむけて進み続けられているように(希望的観測ながら)思っています。

いくつになっても自己満足かもしれませんが、進歩を感じられるのは、とても幸せなことです。
posted by ロン at 19:40| 日記