2019年01月09日

心のありよう

心のありようによって、身体の質が変わり、動きの質が変わり、技の質が変わります。

そのことに気付かされたのは合気道の稽古の時でした。私は一年半という短い期間でしたが、先生つながりの縁で、同時期に三人の違う会の先生に合気道を学ぶことが出来たのです。合気道とても素晴らしく、勉強になりました。

そしてある先生の合気道の練習中にそれはおきました。その先生の稽古は技が効かなかったら投げられなくてもいいよ、という雰囲気があり、生徒同士だとお互いの技が効かないことがよくありました(もちろん先生は別格です)

その時の私の相手だった人はとても耐久力があり、私の技はまったく効きません。

(この方にはいつも技が効かないなー。自分が未熟だからしょうがない。無理、無理。あきらめよう)と開き直って、適当と言うか、いい加減に技をやったら、今までびくともしなかった先輩が、目の前で宙に舞い、一回転して投げられたのです。

(ああ、先輩は気を使って技は効いていないのに投げられてくれたんだな。ありがたい。しかし派手な受身だなー)と思っていると、「今の技、どうやったの?まったく抵抗できなかった。すごいよ。もう一回やってみて」と驚いたように言われたのです。

「?」どうやってと言われても、あきらめて適当に、そしていい加減にやったから、何も覚えていません。その後、何度もやってみましたが、先輩にはまったく技はかかりませんでした。

「どうしたの。さっきはどう投げられたのか分からなかったぐらいすごかったのに」

「はあ・・・」その時はなぜ技が急に効いたのかまったく分かりませんでした。10年以上前の出来事です。

今は少しは分かるようになってきました。

あの時、どうせ技は効かない、と思っていたので、相手を投げよう、技をかけよう、と言う気持ちがまったくなかったようです。

相手にも集中していない、自分の動きにも集中していない、技にも集中していない状態です。それはある意味、心に何もない状態だったのです・・・

心の負担がなくなると、身体はいきいき、のびのびとその能力を発揮することが出来るようです。逆に言えば普段、私たちは心に負担をかけていて、身体の能力を抑えてしまっているのではないでしょうか。

練精会の会員さんは、対練、組み手の時に心に負担をかけていませんか?やってやろうとか、やられたくなくと言う思いは心の負担です。

出来ても出来なくてもどちらでもよいのです。結果にこだわらず、一人で身体を動かすことの楽しさ(基本、型)、二人で身体を動かすことの楽しさ(対練、組み手)をただ感じてほしいのです。

楽しくそして気持ちよく身体を動かすことにいつも心が向いていたら、結果はそのうち自然についてくると思っています。

あせらず、のんびり、そして楽しく、です。
posted by ロン at 09:21| 日記