2019年11月29日

何も思わない

身体の力が抜け、重さが頭から足裏まで通って重力と調和したとしても、相手の攻撃をもらってしまっては何にもなりません。

私も還暦、身体の動きも、反射神経も衰えています。

ではどうすれば相手の攻撃をもらわずにすむのでしょうか。

見切ること・・・それも攻撃する相手の動きではなく、(攻撃しようとする)意識を見切ることだと思っています。

では意識を見切るためにはどうすればよいのでしょうか。

何も思わないこと・・・相手の意識を読もうとか、感じようとしないこと。何も考えずににただ相手を見ていることだと思っています。

何も思わなくなった時、初めて何かを感じることが出来るようになる。頭の中に何かが(自我)が詰まっていては、相手の意識が入る余地はありません。

だから何も思わない。

今回も妄想だらけの内容になりましたが、そんなことも思いながら、会員さんとの稽古に臨んでいるのです。

しかし・・・いつものことながら、遠〜い道のりです。まだまだ未熟も未熟な私です。
posted by ロン at 21:39| 日記

2019年11月27日

本来の能力

私はいくつかのフィツトネススタジオで、太極拳のレッスンを担当しています。

一時間のレッスンなので、普段は太極拳の基本功と型(28式楊式太極拳)のみを教えているのですが、レッスンに参加されている会員さんに身体本来の能力を知ってほしくて、時々色々実験をするのです。

今日のレッスンでもおこないました。一人の女性に普通に立ってもらい、私が横からその女性を肩を押します。女性は必死に耐えようとしますが、簡単に押されてしまいます。

次に女性に、一+一は二、二+二は四、四+四は八、と言うように頭の中で足し算をしてもらいます。その途中で私が前と同じように肩を押すと・・・押すことが出来ません。そこで一回目の倍ほどの力で押しても・・・やはり押すことは出来ません。

これが身体本来の能力です。その女性もびっくりしてこう言いました「え〜っ、全然押されている抵抗を感じません」

女性は一回目は押されまいと全身に力を込めて抵抗していました。実は抵抗しようとすればするほど身体は力み、緊張してしまいます。それでは本来の能力を発揮することが出来ません。

でも二回目は頭の中の計算に意識が向いていて、抵抗することを忘れてしまい、力みも緊張もしなかったのです。

抵抗を忘れ、力みを忘れ、緊張を忘れた時に、そして何より「私」と言う自我を忘れた時に、人本来の能力は発揮されると私は思っています。人の能力は、若い人も、老いた人も、大柄な人も、小柄な人も、男性も、女性も、全ての人が皆持っているのです。

空体道は、その能力を引き出せやすいように創られた武術です。未熟な私が創ったので、まだまだ改良の余地があるのかも知れませんが、これからも会員さんに人本来の能力、可能性を伝えていければ、と願っています。
posted by ロン at 19:05| 日記

2019年11月24日

動画

身体の力が抜け、重力(重さ)が頭から足裏まで通った身体であれば、こんなことが可能になります。

https://www.youtube.com/watch?v=k0qtSkc8LtQ&feature=youtu.be

会員さんは参考にして下さい。

いつも相手のしてくれている、副代表のゆりか、ラーテル君、ありがとう!
posted by ロン at 19:37| 日記

2019年11月23日

結果を考えない

空体道の崩し、投げの対練で中々上手くできない会員さんへのアドバイスです。

結果を考えてはいけません。

結果とは、崩すこと、投げること、です。崩さなければいけない、投げなければいけない、と言う結果にとらわれては、人の可能性(重力との調和)が現れることはありません。

結果を考えず、そして更に言うなら、何も考えず、何も思わず、ただ動くことが大切なのです。

私(自我)ではなく、身体に任せて動いてみて下さい。そして重力に委ねて動いてみて下さい。

そうすれば、結果は自然に現れると私は思っています。
posted by ロン at 10:42| 日記

2019年11月22日

空体道の由来

今回は空体道の名前の由来について書こうと思います。

空体道は、空の身体を目指す道です。

空の身体とは何も無い身体のことです。

力みが無く、固まりが無く、強張りが無く、居付きが無く、部分的で無く、偏りが無く、機械的で無く・・・

そして何も無い身体は何も無い精神(心)へとつながっていきます。

怒りが無く、恐怖が無く、緊張が無く、不安が無く、焦りが無く、興奮が無く、作為が無く・・・

ただあるのは脱力によって重力と調和した、自然な身体と自然な精神(心)

そんな思いを込めて、私の武術を空体道と名づけました。

ただし名づけたからと言って、私はそんな境地にはいません。未熟も、未熟。まるでだめです・・・

だからその境地にほんの少しでも近づきたいと願って日々稽古を続けています。精進あるのみですね。
posted by ロン at 15:22| 日記