2019年12月27日

動きたい方向

対練や組み手の時、「あ、身体がこの方向に動きたがっている」と感じる時があります。

そしてその方向に身体を動かしてやると、いつもより楽に、そしていつもより強力に技がかかるのです。妄想的かもしれませんが、その身体が動きたかっている方向とは、身体の声なのだと私は思っています。

身体が動きたいように任せて動くことによって、身体の可能性が発揮されるのではないでしょうか。

その身体の声を聞こえなくするのは「私」と言う自我です。「私」が身体の全てをコントロールするんだと言う自我が消えないうちは、身体の声は聞こえてきません。

だから会員さんは、難しいことではありますが、「私」と言う自我を薄めて、身体の声に耳を傾けてください。

そのほうがきっとうまくいくと思います。
posted by ロン at 14:56| 日記

2019年12月25日

思い込みを捨てる

空体道の対練でうまく技がかからない会員さんへのアドバイスです。

それは「予想しない」と言うことです。

技をおこなう時、会員さんの頭の中で声が聞こえます「出来ない」

それは武術を始める前の人生経験から声です「自分の体格、自分の筋力からして、自分より体格や筋力が勝る相手には技がかかるはずがない」そう頭が思い込んでいるのです。

でも会員さんは覚えておいて下さい。会員さんが考えている何十倍も身体の可能性が高いことを。しかしその可能性を「出来ない。出来るわけが無い」と言う頭の声が押さえてしまっているのです。

それでは「出来る」と思えばよいのですね、会員さんは思うかもしれませんが、それでも出来ないと私は思います。「出来ない」も「出来る」もどちらも頭の中の思い込みです。でも身体の可能性は頭の中の思い込みでは引き出すことは難しいのです。

それではどうしたらよいのでしょうか?

答えは簡単です。

ただ技をおこなえばよいのです。「出来ない」とも「出来る」とも思わず、ただ動いてみることです。思い込みを捨て、ただ動くことによって、身体の可能性は引き出されるのです。

「出来ない」「出来る」は予想です。頭が何かを予想してしまえば、身体の可能性が引き出されることはありません。

だから思い込みを捨て、予想を捨て、どんな結果も気にすることなく、ただ動くことを会員さんは目指してください。

そうすれば自然に身体の力は抜け、身体の可能性が目覚めることでしょう。









posted by ロン at 19:27| 日記

2019年12月23日

自分になる

小学校の時はウルトラマンになりたなった。中学と高校の時は、ブルース・リーになりたかった。大学の時は、ハードボイルドのヒーロー、フィリップ・マーロウになりたかった・・・そして武術を学ぶようになった時は武術の凄さ、素晴らしさを示してくださった内家拳の老師になりたかった・・・・

そして当たり前ですが憧れた誰にもなることは出来ませんでした・・・

誰かに憧れても誰にもなれません。私は私。私以外の誰にもなることは出来ません・・・

だから私は今、誰かになることを望んではいません。望んでいるのは、自分になることです。もっと言えば、今よりさらによい自分になることを目指しています。

他人ではなく、よりよい自分になろうと武術を続けているのです。相対性(他との比較)から絶対性(自分自身)の追求です。

会員さんには、私の動きをお見せします。私の技も体験させます。そして私との組み手も経験してもらいます。

でも会員さんも私にはなれません。なれるのはよりよい自分にだけなのです。

私は思っています。自分なることは、よりよい自分になることは、他の誰かになることよりも、ずっと素晴らしく、そしてずっと楽しいことだと・・・

今週で今年の練習は終わりますが、練習に終わりはありません。来年も、再来年も、この先ずーっとずーっと続いていく長い道です。

その道がよりよい自分になる道につながっていることを願ってやみません。

posted by ロン at 16:50| 日記

2019年12月22日

自由舞動画

私の空体道の自由舞の動画です。

https://www.youtube.com/watch?v=ihR1AdkqPgI

今回は歩法をやめて定歩でおこなっています。

この自由舞ならスペースの無いところでも出来ると思います。

会員さんは参考にして下さい。

posted by ロン at 21:15| 日記

静寂

立禅をおこなっていると頭に色々な考えが浮かびます。

それは思考のノイズです。止めようと思っても中々止まりません。逆に止めようと思えば思うほど、思考のノイズが増えていくようです。

でも思考のノイズを止めようとせず、ただ自分の思考を感じている、または眺めているようにしていると、ふっと思考のノイズが消えていく瞬間があります。

静寂が訪れます。身体と心の何とも言えない静寂・・・

その時、初めて身体と心が調和しているのだと、私は思っています。そしてそのまま動けたらどんなに素晴らしい技が生まれるだろうかと。

これが本当に難しいのです。ただ立っている時でも難しいのに、型、対練、組み手になればなお難しい。

型で、こんなふうに、あんなふうに・・・対練で、こうやろう、ああやろう・・・組み手で、やってやろう、やられたくない・・・

とても身体と心の静寂は訪れてはくれません。会員さんもそうでしょうし、私もまた同じです。

だからこそ空体道の稽古を通じて、身体と心の静寂、身体と心の調和を目指したいと思っています。

それが私には本当に楽しいことなのです。一緒に身体と心の静寂を探求していきましょう。
posted by ロン at 13:02| 日記