2020年04月30日

訪れる

私の経験からのお話です。

武術を続けていると、ふっと今までに無い感覚が訪れます。

ああ、自分も少しは進歩したかな、と一瞬感激しますが、すぐに何となくですが分かるのです。この感覚の先にまだ素晴らしい感覚があるのだと・・・

でもその先の感覚がどんなものか分かりませんから、先の感覚を追い求めもせず稽古を続けていきます。

するとまたふっと前に感じたとは違う感覚が訪れます。

ああ、前よりも素晴らしい感覚だ。自分も更に進歩したかな、と一瞬感激しますが、すぐに何となくですが分かるのです。この先にまだ素晴らしい感覚があるのだと・・・

でもその先の感覚がどんなものか分かりませんから、先の感覚を追い求めもせずただ稽古を続けていきます。

するとまたふっと前に感じたとは違う感覚が訪れます。

こんな風にいつ訪れるのかは分かりませんが、感覚が訪れ、また新たな感覚が訪れ、そしてまた新たな新たな感覚が訪れるのです・・・

何と言うか武術の修行は終わりの無い旅のような気がしています。でも私はその終わりの無い旅に幸せを感じています。

会員さんも稽古を通して様々な感覚をおぼえる時が来るでしょうが、その感覚に固執してはいけません。感覚に固執しすぎると、次の感覚の到来を遅らせる結果となってしまうからです。

私がよく言うことですが、感覚は大切にでも感覚に囚われず、です。

またしばらく稽古の再開は出来ない状況ですが、自宅での一人稽古頑張って下さい。
posted by ロン at 18:15| 日記

2020年04月29日

学ぶ上で

今日は空体道を学ぶ上での考えについてのお話です。

もしかしたら会員さんはこのように考えてはいないでしょうか。

「空体道を上達するためには何を得なければならないのだろか?」

もしこのように考えているのであれば、空体道の上達にはつながらないのです。

こう考えて下さい。

「空体道を上達するためには何を捨てなくてはならないのだろうか?」

空体道は加える武術ではなく捨てる武術だと私は思っています。

身体の緊張を捨てる、強張りを捨てる、作為のある動きを捨てる、偏りのある動きを捨てる・・・

心の緊張を捨てる、怒りを捨てる、不安を捨てる、恐怖を捨てる、拘りを捨てる・・・

こうやって空体道にとって必要ないものを捨て去ることによって、身体の心の可能性を発揮させることが出来ると私は思っています。

そしてそれらを捨て去るために空体道でおこなうことは身体と心の脱力だけでよいのです。脱力によって身体の中に重さを通して重力との調和を目指す道。それが空体道です。

ちょっと格好つけすぎかたもしれませんが(笑)私はこのように思っているのです。


posted by ロン at 16:39| 日記

2020年04月28日

内面の問題

愛犬もんちゃん(もも)の散歩のついでに近くの公園で円転54式太極拳をやりました。

小さな公園ですが誰も居なかったので、のびのび30分ほどかけて一回。その間、もんちゃんはじっと動かず、もんちゃん流立禅を敢行していたようです(笑)

家では円転太極拳は狭すぎて全部通せないので、久しぶりの円転、とっても気持ちよかったです。

終わってしばらく立禅をしていて、ふっと思ったことがあります。

今は世の中、「世はなべてことも有り」で大変です。私も仕事上色々ありますが、でも自分の心の中をみてみると「世はなべてことも無し」なのでした。

この世の中、様々なことが起こりますが、その状況をどのような心で受け取るかで、その状況がその人の中で変わっていくように思います。起きた状況は起きた状況のまま、そこに感情をはさまなければ、その状況に囚われることはないのでは、と私は思っています。

その意味においては私の心の中は「世はなべてこともなし」なのです。

こんな風に感じられるのも、武術を続けたお陰かもしれません。武術に感謝しています。

能天気な内容で気を悪くなさった方がいらっしゃらなければよいのですが、私個人の内面はこんな感じなのです。
posted by ロン at 18:06| 日記

2020年04月27日

同一視しない

空体道の対練で技がうまくかからなかった時、会員さんはこのような感情を持つかもしれません。

「しまった、力んでしまった」「ああ、相手の抵抗が強すぎる」「くそっ、作為が入ってしまった」等々・・・

技がかからない時にこのような感情を持つのは仕方のないことです。しかし持ってはいけないことは、このような負の感情と自分を同一視してしまうことです。

負の感情と自分を同一視してしまうと、身体の可能性をのびのびと表現することが難しくなってしまいます。

でもそのような感情を消そうとしてもなかなか消えるものではありません。逆に消そうとすればするほど感情がわいてくるものです。

感情をただ見つめる自分を持ってください。

負の感情を持つのは表面的な偽りの自分。そしてその感情を見つめているのが奥深に存在する本当の自分だと思うのです。

そうすることによって負の感情は自然に消滅していきます。

すぐに効果が出る訳ではありませんが、そうやって感情を見つめる本当の自分の存在を意識していくうちに、今までどうやっても出来なかった技がいとも簡単に出来るようになって来るものです。

私も表面的な自己に振り回されることが多々ありますが、奥深くの自己の存在を信じて稽古を続けています。
posted by ロン at 15:54| 日記

2020年04月26日

入れさせない

私は組み手の時は両手(腕)をかなり伸ばして構えます。形意拳の三体式や太極拳の手揮琵琶の手(腕)をイメージしていただけたら分かると思います。

なぜそう構えるかと言えば、相手を中に入れないためなのです。

相手が私と殴ろうとしても、また投げようとしても、私の両手は前に伸ばされているので、打撃は当たる前に、投げは私の身体を掴む前に、その両手に接触する可能性が高くなります。

そしてここからが大切なのですが、脱力体となり全身に重さ(重力)が通った身体なら、伸ばした手にも全身の重さが宿っているのです。

すると私の手と接触した相手は、その重さによりそれ以上私の中に入ることが出来ず、その場で居つく、あるいは硬直してしまいます。

中に入れず、逃げることも出来ない。そんな相手を制するのは、さほど困難は事ではありません・・・

と以上のように書いてはいますが、あくまでも理想論であり未熟な私には遠く及ばない境地です。まだまだ修行が足りません・・・

ただ会員さんとの組み手の中であれば、先生と生徒の関係の影響もあってでしょうが、以前よりそんなことが少しだけですが出来るようになってきました。

妻のゆりかには「宇宙戦艦ヤマトの波動防壁みたい」と言われます(笑)

ちなみに対練では構えをとらず、手を下げた自然体でおこなうようにしています。護身術として考えると、とっさに襲われた場合は構えをとる暇がないので。
posted by ロン at 11:45| 日記