2020年09月29日

傍観者

前にも書いたことですが大切なことなので、会員さんのためにまた書きますね。

対練にしろ組み手にしろ、傍観者の意識を持ちましょう。

「自分」と言う意識が強すぎると、本人が気づかないうちに、力みや作為が生まれ、その動きに自然さが失われてしまいます。そうなれば空体道の力(重さ)は相手に伝わることはありません。

そこで傍観者の意識なのです。自分の動きを遠くから眺めているような意識、感覚。「自分」と言う意識を「傍観者の自分」が薄めていくのです。

この傍観者の自分と言う意識は、周りの空間に拡大している、そしてその空間に溶け込んでいるような意識です。

傍観者の自分の意識が芽生えたなら、結果を気にすることなく、またどんな結果でも素直に受け入れることが出来るようになり、対練や組み手も以前より(結果はどうあれ、とても気楽におこなうことが出来ます。そしてやがて結果が自然についてくるようになります。

自分を見つめる、もう一人の自分。会員さんはこの感覚を忘れないで下さい。
posted by ロン at 15:42| 日記

2020年09月25日

重力を感じる

稽古の時だけではなくいつの時でも重力を感じています。

頭から足裏に重さが落ち、地面がなければ、そのまま地球の中心まで落ちていきそうな感覚。それが私の言う重力感覚です。

稽古のときは無論、散歩中(犬が立ち止まっているので)ぼ〜っと立っている時も、居間でテレビを見ている時も、布団に入った時も、身体が地球に引っ張られてどこまでも落ちて(沈んで)いくのを感じています。

そんな時、妄想的に思うのです。自分は重力と一体化して生きていると。そしてさらに思うのです。もう強さも、健康も、心の安定も求める必要が無く、ただ重力と共に居られたらいいんじゃないかと・・・

それくらい重力を感じることが心地よく幸せなのです。

だからこれからももっともっと重力を感じ、もっともっと重力と共にいられるように稽古を続けたいと思うのでした。

今回もいつものように妄想全開の内容になりました(笑)


posted by ロン at 15:13| 日記

2020年09月24日

足裏

私が会員さんに腕に接触されても、肩に接触されても、また胸に接触されても、その接触された圧力を接触されたその部分にはあまり感じません。

相手の圧力はすべて自分の足裏に感じるのです。身体のどこに圧力が加わってもつねに足裏にその圧力は流れます。

以前よりその感覚が強くなっているのを感じています。

その度に思います。少しは身体の中の通りが良くなっているのだと。

その感覚が増すごとに、相手に伝わる重さの密度が増していく(硬質感)ようです。そのせいか副代表のゆりかは私の重さを受けると「重い」ではなく「痛い」と言うようになりました。

もちろんまだまだ未熟な身ですが、それでも自分の進歩を感じることはとても幸せなことなのです。
posted by ロン at 13:16| 日記

2020年09月22日

立つ事

武術の修行を始めて約29年、やっとと言うか少しは(あくまで自分なりにですが)武術的に立つ事が分かってきたと思っています。

逆に言えばそれまでは立つ事が分かっていなかったと言うことになります。人生の三分の二は立てていなかったのですね。う〜ん、何ともったいないことでしょう・・・

空体道的に立てているとは、毎度書いていることですが、頭から足裏まで重さが落ち、重力と調和した状態を言います。

この単純な事が本当に難しく、時間がかかってしまいました。と言うか、まだその入り口の段階かも知れません。

すると60代でやっと立つ事が分かり、70代で初めて歩く事が分かり、80代で何とか動くことが分かるかもしれません・・・武術、武道は本当に奥が深いですね。こりゃ一生かかるわな・・・(笑)
posted by ロン at 18:04| 日記

2020年09月21日

記念日

副代表のゆりかに言われて気づいたのは、今日が空体道創始記念日だったこと。

創始して丸4年が過ぎ、いよいよ5年目とあいなります。

私が学んだこと、体験したこと、研究したことの全てを空体道にまとめようとして創始した訳ですが、何せ私自身がいまだ未熟な身。私も空体道もまだまだ理想とする段階ではありません。

多分、10年目も、20年目も同じ事を言っているような気がします。でもそれでよいのです。

武術は一生ものだと私は思っています。なので一生かけて亀の歩みのように遅くても、理想に向け進歩し続けていくことが何よりの幸せだと私は思っています。

これからもよろしくお願いいたします。
posted by ロン at 10:39| 日記