2021年05月30日

老いの武術

私個人の肉体に限定したお話です。

(私は)歳を取ったら、更に柔軟性が衰え、すばやさが衰え、跳躍力が衰え、筋力が衰え、反射神経が衰え、回復力が衰えてきました。まるでいいところなしです(笑)

それでも生涯成長、向上する武術の追及、探求はまったくあきらめていません。

それは、わずかな動き、小さな動き、簡素な動きで相手を制することが可能なら、肉体の衰えはあまり関係なくなるからです。

問題はそんな動きで相手を制すことが出来る威力の問題です。それには非常に強大な威力がどうしても必要になると私は思っています。

老いて、老いて、更に老いても衰えない威力。私は重力にその威力の可能性を見出しています。

わずかな、小さな、簡素な動きのすべてに全身の重さが宿っていたとしたら・・・今の私の体重は77キロぐらいです。その重さ全てが相手に衝突したら(打撃)、その重さ全てが相手の手や腕に圧し掛かったら(崩し、投げ)・・・77キロぐらいの巨大な鉄球に激突されて、耐えられる方はあまりいないのではないでしょうか。

私が創始した空体道は、その意味においては老いの武術とも言えるのです。老いの武術は=老いない武術です。

今は一人稽古の日々ですが、こらからも老いの武術を深め、その武術を必要とされる方々に妻のゆりかと二人で伝えていきたいと思っています。
posted by ロン at 22:24| 日記

2021年05月27日

脱力の解釈

脱力と一口に言っても、流儀により、あるいは人によってその解釈は様々だと思っています。

なのでここでのべる脱力の解釈は、あくまで空体道の、私の解釈として読んでもらえると助かります。

私も求める脱力の身体とは、まず脱力によって身体の中をきれいにする事。つまりやよどみのない身体の内面にするのです。そして身体の中すべてに重さを、重力を、呼吸を、意識を、気を通すことによって、内面から膨れ上がる、全身に張りのある、球体のような身体を目指すのです。

相手の圧力をそのまま跳ね返す身体。自分の重さすべてを触れるだけで相手に伝えることの出来る身体。

脱力体=統一体。それが私の追い求める身体の質です。

で、実際どうなのかと言えば・・・まだまだ全然。未熟も未熟。やっとその入り口にたどり着いたぐらいの段階です。

まだまだ途方も無く道は続きますが、武術は一生ものだと思っていますので、ほんの一生かけて道を歩み続けたいと思っています。

posted by ロン at 16:10| 日記

2021年05月25日

拡大傾向

前に何回か書いたことがある、丹田からの膨張(張り)感覚ですが、未熟なりにですが進化しているようです。

丹田からの張りは、前後、左右、上下に膨張するので、その感覚はボールが膨らむ感覚とも言えます。

そのボールの拡大が近頃拡大傾向にあるようなのです。膨らみが骨盤を越え、腹部全体、臀部全体、そして腰部、大腿部と拡大し、その周囲がパンパンに張っているのが実感できます。

早くこの膨張が全身に及び、全身すべてが同密度の膨張感(全身の球体化)になったら、と思うのですが、現実はそんなに甘くはありません。まだまだ未熟です・・・

でも空体道教室が再開されるまでには(どうも6月末ぐらいまでは無理かもしれません)、以前より少しでも進歩した私を見せられるように、一人稽古を続けたいと思っています。会員の皆さんも頑張って下さい。
posted by ロン at 16:02| 日記

2021年05月22日

まっすぐの姿勢

全身の力を抜いてまっすぐ立ちましょう、と説明すると、力を抜くことに意識が向き過ぎてしまい、猫背のような姿勢をとってしまう会員さんもいらっしゃいます。

猫背の姿勢はまっすぐではありません。それでは身体の中を重さ(重力)が通ることは難しいと私は思っています。

猫背ではなく、むしろ身体を反り気味にして力を抜くような意識を持ったほうがよいでしょう。

それだと、身体の力を抜く意識と、身体を少し反り気味の意識が交わって、結果として姿勢はまっすぐになりやすいのです。

脱力の姿勢=猫背の姿勢と思ってしまっている会員さんは、上記の意識を持ってまっすぐの姿勢に取り組んで下さい。

posted by ロン at 21:35| 日記

2021年05月21日

空体道の立禅

今回は立禅についての説明です。ただしあくまで空体道における立禅についての説明になります。

空体道の立禅の目的は、

身体の力を抜くため。身体の重さを頭から足裏まで落とすため。身体に重力を通すため。丹田から全身へ張り(膨張感)を作るため。身体を一つにまとめるため・・・です。

上記の目的は、何も立禅だけではなく、歩行法、型も同じです。そしてその身体の質を確認するのが、対練、組み手の目的です。

冒頭に立禅の目的は、と書いたのは、空体道の目指す身体の質の第一歩の練習が立禅だからです。

立禅は最初の一歩でもあり、最後の一歩でもあるのです。

とにかく動く前に、動かない練習をしっかりしておかないと、空体道の核へは行き着くことはありません。

コロナ過ですので、いつ稽古が再開出来るか分かりませんが、会員の皆さんは無理しない範囲での一人稽古を忘れないで下さいね。
posted by ロン at 19:57| 日記