2018年05月29日

部分は全体

副代表のゆりかのブログとリンクする内容です。

部分は全体。この言葉はとても大切な言葉となります。

歳をとっても進歩し続ける 武 を目指すためには、打撃にしろ、崩しにしろ、投げにしろ、相手の反応を遅らせることが出来れば、その目標に一歩近づくことになる、と私は思っています。

練精会は重さの武術、武道と言ってもよいくらい、重力と調和した重さを重要視しています。

練精会の重さの感覚とは、身体のどこからか重さを集めて、あるいは流して、相手伝える(打撃、崩し、投げ)ものではないのです。集める、流す感覚だと、重さにタイムラグが生じてしまい、威力はあるにしても、相手はその打撃、崩し、投げに反応に、防御、反撃される可能性があるのです。

そこで相手に反応させないために 部分は全体 の感覚が必要になってきます。

例えば、拳で打撃、掌で崩し、投げをおこなう場合、相手がこちらの動きを察知ではない動きは、その部分(拳、掌)から動きを起動させることだと私は考えています。

肩や胸、腰、そして脚からも事の起こりがない動き、それは先端からの動きの感覚です。

その察知出来ない動きから、その先端部(今回は拳、掌)が触れた瞬間、まったくタイムラグなく全体重が相手に伝わったのだとしたら、相手はその打撃、崩し、投げに耐える時間がなくなってしまうのです。

これが 部分が全体 の説明です。

ただ注意が必要なのは、力みがあったり、作為があったりすると、先端からの起動は、ただの腕力(打撃で言えば手打ちですね)になってしまい、相手に重さも威力も伝えることは出来ません。

会員さんはとにかく、力を抜き、力を抜き、そして力を抜くことだけ考えて練習しましょう。

力が抜け、身体が重さそのものとなった時、その動きは先端からでも、全体(全身)の動きとなるのです。

部分は全体、この言葉は 全体は部分 と言う言葉でもあるのです。

そしてその先には、部分も全体もない、ただ動く境地への道が続いているように感じています。

会員の皆さんと共に、そんな境地へ一歩一歩進めたら嬉しいです。
posted by ロン at 17:45| 日記