会員さんが歩いています。何か考えごとをしていて前方にいる私にまったく気づかずにぶつかってしまいます。
その会員にもう一度私に先ほどのように歩きながらぶつかってほしいとお願いします。そして会員さんは再び私にぶつかりました。
前者と後者、どちらのほうが威力があったのでしょうか?
答えは断然前者です。私の存在に気づいていないので、身体のどこかにブレーキもかけず、緊張もせず、そのまま自然な姿勢でぶつかってくるからです。
しかし後者は私の存在が気になって、自分にダメージがないようにぶつかろうとか、逆に私にダメージを与えようと作為を持ってぶつかってくるので、身体に力みが生じますし、また身体のバランスがくずれているので、威力が減少してしまいます。
作為と無作為。より威力が生まれやすいのは無作為の方なのです。
私が崩しや投げの対練で私が「相手の存在はあまり気にせず、ただ自然に動いてごらん」とアドバイスするのは、会員さんがあまりにも作為を持って技をかけようとしているからです。それではしっかり抵抗する相手には技がかかりません。
作為の身体、作為の心ではなく、無作為の身体、無作為の心を持って、対練や組手に臨むことです。それが空体道の名称の由来でもあるのです。