2021年03月28日

重さの感覚

私の個人的な重さに対する感覚のお話です。

私個人の感覚の中では、重さは身体の中を移動するものでも、流れるものでもありません。

重さは全身にみっしりと充満しているものとの感覚があります。頭から胴体、手足と重さが満ち満ちている感覚です。

その感覚で言えば、重さは相手に伝えるものと言うより、相手に伝わるものと言いった感じでしょうか。

なので打撃も崩しも投げも、ただ普通におこなうだけなので、特殊な身体操作も特殊な意識操作もありません。

それが良いのか悪いのかは正直分からないのですが、武術を30数年続けてきた中での感覚なので、それをそのまま受け入れるしかないのが実情です。

多分、会員さんのほとんどが、この重さの充実感、満ち満ち感がまだ足りないのでしょう。なので対練や組み手で相手を簡単に打ったり、崩したり、投げたりが難しいのです。まあ、相手も必死で抵抗しますので中々上手くいかないのは仕方がないことではありますが(私もまだまだ未熟です)

とにかく会員さんは、身体に重さが充満する、満ち満ちる、と言う言葉を覚えておいて下さい。でも作為的にそうなろうとしてはいけません。力みの原因になってしまいますから。

力を抜く空体道の稽古を長く長く続けていると、いつかそのような状態が自然に訪れるようになります。それを気長に待つことです。

待てば海路の日和あり、です、会員さん。
posted by ロン at 19:05| 日記

2021年03月26日

ほんの一生

私の好きな昔のテレビドラマ「燃えよカンフー」の外伝で、主人公ケイン(元少林寺の僧)に大きくなってから出会った息子が尋ねます。

「貴方の武術を身につけるのに何年かかりますか?」

ケインは少し笑って答えます。

「ほんの一生さ、息子よ」

私はこのやり取りがとても気に入っています。空体道の思想に近いからです。

脱力に特化した武術を本当の意味で身につけるには長い時間がかかります。でも武術の目的を大会や試合におかないのであれば、長い時間に何の問題もないと私は思うのです。

私は61歳ですが、まだまだ未熟も未熟です。でもその未熟さは私の伸びしろでもあるのです。だからこれからも長い時間(年数)をかけて武術を探求していきます。まだまだ伸び続けます。何せ空体道を修めるには、ほんの一生かかるからです。

でも本当は一生かけても修めたとは思えないでしょうね。武術(私の場合は空体道)にこれでよい段階は無いと思っていますから・・・
posted by ロン at 21:28| 日記

2021年03月25日

先へ

前にアップした動画ですが、こんなことがある程度ですが出来るようになったのは何年前なのかよく覚えてはいません。10年前くらいでしょうか。昔はこんなことが出来るようになるとはまったく思っていませんでした。

https://www.youtube.com/watch?v=yx5GY1FFlfk

で、出来てみるとそこに満足していない自分がいます。動画が1年前のものですが、この時もまだ相手を崩す時に身体の負担を少し感じていましたし、今はかなり減ってはいますが、負担をまったく感じないようにはなっていません。

だからもっといけるはずだ、と言う気持ちが消えません。もっと身体の負担がなくなり、もっと楽に、もっと何も感じず、もっと相手が崩れ、もっと相手が投げられ、もっと相手が吹っ飛ぶことが可能なはず。

だからこの動画を見るといつも自分の至らなさを感じてしまいます(今は反面教師として見るようにしています)

先へ、もっと先へ、もっと進んだ(武術の)世界を見てみたい。それが稽古のモチベーションになっているようです。

前に書いた私の頭の中の幻の師匠(私がかってに作り上げた理想の師匠)から見たら、今の自分はよくて20パーセント以下ぐらいでしょうか。

ため息と共にやる気も出ます。その先に80パーセント以上の可能性が待っていてくれているからです。

これからも見果てぬその先を目指していきます。
posted by ロン at 15:40| 日記

2021年03月24日

柔らかい拳

空体道の崩し技、投げ技の時に相手に触れる手(接触点)は常に柔らかくなくてはいけません。

それは手(接触点)が柔らかくないと重さが十分に伝わらないからです。

なので空体道では、ぐっとではなく、そっと相手に触れるようにして崩し技や投げ技をかけます。

この教えは突きにも当てはまります。拳は強く握ることなく(拳の握りの中に少し空洞が残るぐらいに軽く握り)突きます。拳を強く握り締めない突きは、より重さと振動が伝わりやすくなるのです。

何か拳を痛めそうな教えですが、コツを掴むと強く握らなくても拳を痛めることはなくなります。

なので会員さんは、突きの際はけっして拳を強く握り締めないようにして練習してください。空突きの時に、腕や身体に突きの振動が響くようでしたら、上手くなってきた証です。
posted by ロン at 17:15| 日記

2021年03月23日

意識を出さない

今回も相当妄想的に聞こえてしまう内容かもしれません。多分、会員さんも?と思われる内容かと思いますが、まあ深く考えず気楽に読んでください。

意識は身体の外に出してはいけません。また身体の中にあっても手足のような末端にあってはいけません。意識は身体の中心にいつも収まっていなければいけないと私は思っています。

これは例えば相手を打とうとするならば、意識は身体から離れ、相手に向かってしまいます。または相手に向かわなくても、自分の攻撃部位(この場合は手)に向かってしまいます。

この微妙な意識のずれによって本人の自覚はありませんが、身体の内部のバランスが崩れ、相手との対立(表面対表面)が起きてしまい、こちらの重さも相手の表面のみにしか伝わらず、内部を揺るがす強大な威力を生むことはないのです。打撃に限らず、崩しや投げも同様です。

意識は身体から離れることなく、そして常に身体中心に在ることによって、本当の意味で力が抜けて、身体本来の可能性を示すことが出来るのでは、と私は考えているのです。

肉体のみ稽古しても真の脱力は望めません。意識という存在も脱力(中心に在り続けること)してこそ、本当の脱力(重力との調和)へ道がひらけるのではないでしょうか。

空体道ではそのためにも立禅の稽古は大切です。

以上ですが、私の意識もいまだあちこちに飛び回っている状態です(笑) 精進、精進です。


posted by ロン at 20:56| 日記