2019年02月12日

全身

私は会員さんに、何度も何度も、全身の力を抜いて下さい、と言っているのですが、この全身と言う言葉がとても大切なのです。肩の力でもなく、腰の力でもなく、全身の力を抜く・・・

全身の力を抜こうとすれば、否が応でも、全身を意識する必要があるわけです。そして力を抜こうと全身を意識すると、無自覚に全身の筋肉も意識することになるのです。

この無自覚に全身の筋肉を意識しているとどうなるのか、個人差はありますが、全身の筋肉を協調、連動して使えるようになっていくのです。

全身の力を抜くことは、その大きな副産物として、全身の筋肉を働かせるようになるキッカケをもたらしてくれます。

ただし、作為的に全身の筋肉を意識しようとしたり、動かそうとしてはいけません。その行為は力み、緊張を生みやすいのです。あくまで、全身の力を抜くことの恩恵ぐらいにとどめておいて下さい。連精会の武術の本質は力を抜いて重力との調和を図ることだからです。

そしていつの日か本当の意味で力が抜けたなら、何の要点、要訣もいらなくなり、自由に、のびのびと、楽に、ただ動くことの素晴らしさ、人の可能性の素晴らしさを実感できると私は思っています。

そんな日はまだまだ私にも訪れてはくれませんが、そんな素晴らしい日を夢見て、練習、練習、練習あるのみです。
posted by ロン at 18:09| 日記

2019年02月11日

副代表の丹田

たまに家で副代表のゆりかとお互いの両掌を合わせて、ゆりかの身体の質を確認することがあります。

掌から伝わってくる微妙な圧力で、その圧力がどこから来るのか確認する訳です。

最初の頃(かなり前ですが)は腕や肩を感じました(これはあまり良くはありません)。そして次第に、腕、肩から背中を感じるようになり(かなりの進歩です)、そしてさらには足裏を感じるようになりました(身体が通ってきた証拠ですね)。

今のゆりかと掌を合わせると、ゆりかの掌から丹田からの圧力を感じるようになりました。丹田から膨張するような圧力が私の掌に伝わってくるのです。

副代表、まだまだ未熟ですが、身体の力が抜けた後の、丹田からの膨張感をつかんできたようです。

私もゆりか同様にまだまだ未熟ですが、上記の丹田感覚があります。身体の力が抜けた後、自然に丹田に張り感が芽生え、その張りが全身に及ぶ感覚。

その全身に及んだ張り感が身体を一つに纏め上げ、全身の重さ全てを自分のものとすることが出来るのです。

ただし、先ほど書きましたが、私のゆりかもその入り口ぐらいがいい所です。まだまだものにするには長い時間がかかると思います。

ただ会員さんは、丹田を作為的にどうこうしないようにお願いします。とにかく身体の力を抜くことに専念して下さい。力が抜けた先に、自然に丹田感覚が芽生え始めます。作為は力みを生んでしまいます。

ああ、丹田は身体の中心に存在するんだ、くらいの意識だけ持っていれば今は十分だと思います。あせらず、気負わず、ただひたすらに身体の力を抜いていきましょう。
posted by ロン at 17:52| 日記

何度か書いたことがありますが、空体道の教えとして、相手との接触点はつねに柔らかく、があります。

当身にしろ、崩し、投げにしろ、相手との接触点が柔らかくなければ、重さが十分に伝わらないのです。

相手の攻撃を受ける時も同じです。会員さんは相手の攻撃を受ける時の音はどんなでしょうか?

ドン、バン、と音がしたら、いけません。接触点が固い音です。

スッ、スーッ、と音がしたら、素晴らしいです。接触点が柔らかい音です。

そしてスッ、スーッと相手の攻撃を受けたら、そのまま重さで相手を崩してもよし、また受けた瞬間、その腕をすり抜けるように当身を入れてもよし、柔らかい接触点による受けは、受けと反撃が瞬時に入れ替わる可能性を秘めているのです。

会員さんはたまに、対練や組み手の時に、接触点の音を聞いてみるのも勉強になると思いますよ。

会員さんの影の言葉・・・対練はともかく、組み手で音なんか聞いたいたらやられてしまいます・・・

いいのです。やられても、音が聞けるくらい、組み手とは違うことに意識が向いたほうが、自然と身体の力が抜けるはずです。どんどんやられながら、音を聞いて下さいね。
posted by ロン at 17:30| 日記

2019年02月10日

組み手の想像力

空体道の組み手は、禁じ手は無しですが、相手にダメージを与えないように、ゆっくりやわらかく行います。

そんな組み手には想像力が必要になるのです。

例えば、相手の突きが自分のお腹に向かって来ました。そんな時、どうせ効かないからと防御もせずそのまま打たせた後、反撃したとします。

そこで想像力を働かせます。あの突きはゆっくりだが、ものすごい威力があったとしたら、またあの手に刃物が握られたとしたら・・・

そんな想像が働けば、防御もせず打たせて打ち返すことの恐ろしさが理解できるのではないでしょうか。

また相手の崩しや投げを、足を踏ん張り、無理矢理でも堪えられたとします。

そこで想像力を働かせます。踏ん張って無理矢理堪えたけど、踏ん張った分、すぐに動けない。もし相手が即座に打撃に切り替えたら、またその手に刃物を持っていたら、さらに多人数に囲まれていたら・・・

そんな想像力が働けば、防御体勢を取れないくらいふんばり耐えることの恐ろしさが理解できるのではないでしょうか。

空体道は護身術の側面が強いのです。いかに勝つかより、いかに負けないかを組み手の中で学んでほしいのです。

だからゆっくりした打撃でも、何の反応もせず身体に触れさせてはいけません。またひたすら踏ん張って自分の動きを制限するほどに崩しや投げに堪えてはいけません。

どんなにゆっくり、どんなに威力がなさそうに見えても、反撃よりまずその打撃を身体に触れさせないことを優先させて下さい。そして無理矢理堪えて自分の身体を危険にさらすより、自分にダメージがこないようなきれいな受身を取り、危険な間合いから逃れて下さい。

会員さんはゆっくりやわらない組み手の中で想像力を働かせ、自分を守る組み手、勝つことより負けない組み手を目指してください。

一対一、素手対武器、一対多数、一対多数の武器・・・私もまだまだ未熟で全てに対応できるとはとても言えませんが、そんな想像力を持って組み手に臨んでいます。
posted by ロン at 12:37| 日記

2019年02月07日

何もない感覚

「先生、力の抜けた感覚とは、どんな感覚ですか?」

たまに会員さんからこんな質問を受けます。

その時々で答えは違うのですが、今はこんな風に答えるようにしています。

「そうですね。何もない感覚かも知れませんね。動くときは、力感や躍動感もあまり感じず、空間に漂う様なもあもあ〜と言うか、ふあふあ〜と言うか実感のあまりない感覚。

そして対練や組み手で相手を崩したり、投げたりした時は、相手の抵抗をあまり感じず、す〜っと言うか、さ〜っと言う捕らえどころのない感覚。

こんな感覚なので、力の抜けた身体の感覚は、何もない感覚と言えるのです」

「はあ・・・」

「動いてもあまり感覚がなく、対練、組み手でもあまり感覚がないので、力の抜けた感覚は最初とても判り図にくいものです。何しろない感覚を探すわけですから」

「ではどうすれば・・・」

「答えは簡単です。力を抜くことだけ、そして抜けることを信じて、ひたすら練習するだけです。他に考える必要も、感じようとする必要もありません。やり続けた練習がいつか何もない感覚を教えてくれるはずです」

以上なのですが、こう答えている私もまだまだ何も感じない感覚には至っていないのです。動けば、力感を感じるし、対練、組み手では相手の抵抗を感じます。

ただ会員さんよりは少しだけですが、何もない感覚に近づいていることも事実です。だから遠慮せず私との対練や組み手を味わってください。少しでも先に行っている人との対練、組み手は気付きのきっかけにつながるからです。

会員さん、一にも二にも、とにかく力を抜き続けることです。
posted by ロン at 17:03| 日記