2020年12月06日

猫背

稽古で「全身の力を抜いて」と言うと身体をだら〜っとさせ、猫背になってしまう人もいます。

猫背は厳禁です。あくまで練精会内の考えですが、身体をだら〜とさせ、猫背の姿勢になってしまうと、重さは頭から足裏まで落ちることは難しくなり、重力との調和を図ることもまた難しくなってしまうのです。

空体道において身体はまっすぐが大基本です。なので身体のまっすぐを保ちながら力を抜く必要があるのです。ちょっと変な表現ですが、身体の表面はそのままで、中身だけをゆるめる様な感覚と言えるかもしれません。

(重力と調和して)まっすぐな身体は、上下、左右、前後にバランスが取れている身体です。その身体であるならば、上下、前後、左右、どの方向にも瞬時に重さを伝えることが可能です。

会員の皆さんは、まっすぐのまま力を抜くことを心がけてください。そのためには、何度も何度もお話していますが、大事なのは立つ稽古、歩く稽古なのです。
posted by ロン at 00:15| 日記

2020年12月05日

立つ事、歩く事

この頃、改めて思うことがあります。 

自分はまだ立つ事、歩く事が十分に出来ていない。

立つ事、歩く事は簡単なことにように思えますが、この言葉の前に、身体の力が抜けて、全身全ての重さが足裏まで落ちて、と言う言葉をつけると、それはとてつもなく難しく、かつ奥深い言葉となるのです。

なので現在の私の一人稽古は、立つ事、歩く事に特化しておこなっています。ただ立ち、ただゆっくりと歩く。

そしてこの簡単、単純な一人稽古から得られるものは、私にとっては計り得ないほど貴重なものとなっています。

私の中では立つ事、歩く事が進歩することによって、年齢、体格、性別を超越する武術の可能性がさらに展けて来る様に思えています。

空体道においては、立つ事は、立禅、上下法、前後法、左右法、歩く事は、前進歩、後退歩で養われます。

会員の皆さんも、一人稽古でじっくりと立つ事、歩く事に向き合ってほしいと思っています。
posted by ロン at 12:17| 日記

2020年12月02日

速さと遅さ

何かの記事で読んだのですが、プロボクサーのパンチスピードは時速40キロ前後だそうです。

だとしたら私の突きの速度は10キロくらいでしょうか。情けないですが61歳の私であればそんなものだと思っています。

しかし私は諦めません。時速10キロの突きでも、防げないそして強力な威力のある突きを求めています。

遅くでも防げない突きは、突きの起こりが分からない突き。10キロのスピードでも、相手が当たる寸前までその突きを認識出来ていなければ、防ぐことは非常に難しくなります。

また時速10キロの遅い突きでも、全体重が乗った突きならば強力な威力となります。例えは時速10キロ、重さ60キロの鉄球が身体にぶつかったなら、その衝撃は脅威となるでしょう。

遅くても防げない、遅くても威力のある突きを、私は脱力によって獲得したいと思っています。

全身の脱力が進み、全身が統一化されてくると、身体をあまり動かさなくとも強力な突きを繰り出すことが可能になると思っています。

すたすた歩きながら、ただ腕を伸ばすだけの何気ない突き。そしてその突きには全身全ての重さが宿っているのです。

もちろん未熟な身の私ですので、そんな突きはまだまだですが、その可能性を信じて、これからも稽古の日々です。
posted by ロン at 10:25| 日記

2020年11月25日

防御も

最も効率的に相手を制することをよく考えます。

結論は、攻撃はもちろんですが、防御までも攻撃とすることがよいのではないかと思っています。

相手の突きなり、蹴りなりの攻撃を手で払うだけで相手が崩れたり、投げられたりしたら、また崩れなくても、投げられなくても払う手の威力に全身がしびれて動けなくなったら・・・それはもう防御ではなく攻撃と言えるかもしれません。

防御も攻撃。その段階を目指すためには空体道では、圧倒的な重さの体現が求められます。

どんな状況、どんな体勢でも、相手に触れた瞬間に全身全ての重さが伝わる脱力体。そんな身体を目指していくのです。

私もまだまだ未熟でそんな段階は遠い世界ですが、ほんのほんの少しだけですが、その可能性を自分の身体に感じるようになってきました。

あとは稽古、稽古、稽古、ただ稽古あるのみです。
posted by ロン at 10:03| 日記

2020年11月24日

立つ、歩く

人の基本は立つ事と歩く事だと私は思っています。

なので武術の基本も立つ事と歩く事だと思い、空体道の基本である養身法も立つ事、歩く事を主体としました。

養身法の中の、上下方、前後法、左右法は立つ事を学ぶ法、前後歩、後退歩は歩く事を学ぶ法です。

立つ稽古、歩く稽古は形は単純ですが、そのから得られる可能性は計り知れないものがあるのです。

立つ法、歩く法をおざなりにしては、動く法である空法(十二の型)が身につくことはありません。

空体道において、立つ歩くが未熟ならば、動きもまた未熟。

そこのところを会員の皆さんは理解して稽古に望んでくれたら幸いです。
posted by ロン at 23:41| 日記